【イーロン・マスク 生い立ちからペイパルまで】

メールマガジン/バックナンバー

こんにちは!デザインこねこの長嶺きわです。

先日のバレンタインは、鴨宮のIMAYAさんでチョコレートケーキを買いました。「ホールケーキを食べたい」という息子のリクエストでした。

チョコレート専門店のチョコレートケーキだけあって、とても美味しかったです!IMAYAさんのチョコレートやケーキやクッキーは、どれも丁寧に作られていて、特別感が感じられ、幸せな気分になります。

写真はチョコレートケーキと、手作りのパンです。パンはベーコンエピとチーズ入りのパンが定番になってきました。


【一週間のAI / ITニュース】

AI / IT関連ニュースを一部、お知らせします。


2月14日

起業家イーロン・マスク氏らが、ChatGPTを運営するオープンAIを約974億ドル(約15兆円)で買収する提案について、同社の理事会は拒否する方針を正式に決定しました。

同社のブレット・テイラー会長は14日に発表した声明で、「オープンAIは売り物ではありません。マスク氏による競合相手を妨害しようとする試みを全会一致で拒否しました」
と述べました。オープンAIは、開発に必要な巨額資金を調達するため、営利部門を主体とする組織への転換を図っています。一方で、自身もAI企業「xAI」を経営しているマスク氏は、これを阻止したい狙いがあるとみられています。また、オープンAIが営利化への動きをやめた場合、買収提案を取り下げる意向も示していました。


これまでSDGsに関する内容でメルマガをお届けしてきましたが、一旦お休みし、弊社のブログで2022年5月から掲載していた「イーロン・マスク氏」に関する記事を、全6回にわたり転載いたします。

現在、トランプ政権の発足に伴い、イーロン・マスク氏の話題が再び注目を集めています。世界を揺るがすビジョンや戦略を持つマスク氏が、今後どのような影響を与えるのか。

再掲するこのシリーズでは、そんなマスク氏を理解する上での生い立ちや人物像、これまでのキャリアを振り返っています。

時代を読み解くヒントが詰まった内容となっていますので、ぜひお楽しみください!

もくじ

第1回 イーロン・マスク 生い立ちからペイパルまで ←今回

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第2回 イーロン・マスク スペースX

第3回 イーロン・マスク テスラ

第4回 イーロン・マスク ツイッター

第5回 イーロン・マスク Xホールディングス

第6回 イーロン・マスク ボーリングカンパニー ニューラリンク

イーロン・マスク 生い立ちからペイパルまで

2022年5月3日掲載
 


こんにちは。デザインこねこの、独立・創業・起業に役立つブログです。

日々更新していますので、よろしければフォローお願いします。

さて、今日からまた3連休ですね。GWの間は題材を広げて、日頃調べてみたかったことを選んで書いています。今日もお時間ありましたら、お付き合いください。

今回は「イーロン・マスク」さんについてです。昨日の「スターリンク」からのつながりです。世界的な経営者ですので、名前を聞いた方は多いと思います。特に先日、あの「ツイッター」社を個人で買収したことで有名になりました。

イーロン・マスクさんは、いっとき「スティーブ・ジョブズを継ぐ」などと言われていましたが、その信念の強さと激しい感情は確かにジョブズ氏を彷彿させます。しかし、ビジョナリーとしての能力や功績は、後発優位性を遺憾無く発揮し、すでに「ジョブズ越え」を十分に感じさせます。

今回は、そんなイーロン・マスクさんのことを調べながら、私なりにパーソナリティとキャリアに絞ってトピックを拾ってご紹介したいと思います。

まず、イーロン ・マスクさん、正しくはイーロン・リーヴ・マスク(Elon Reeve Musk)さんは、1971年6月28日生まれです。出身は、意外にも南アフリカ共和国・プレトリア(首都)です。

(余談ですが、「プレトリア」という都市の名前に聞き馴染みがなかったので調べてみたところ、南アフリカには首都が3つもあり、プレトリアはそのうちの一つでした。立法上の首都はケープタウン、行政上の首都はプレトリア、司法上の首都はブルームフォンテーンで、各国の公館が置かれていることから対外的にはプレトリアが首都名として用いられているそうです。 ちなみに、私はヨハネスブルグが3つの首都の内の一つかと思っていたのですが、ヨハネスブルグは商業の中心地だそうで、間違っていました。)

10歳の時にコンピュータを買いプログラミングを独学、12歳の時に「Blaster」というソフトウェア(ゲーム)を開発して、「PC and Office Technology」という雑誌にゲームのコードを500ドル(当時のレートで約12万5000円)で販売したそうです。

17歳で大学入学資格を得た後、地元のプレトリア大学に通い、物理学と工学を学びます。

その後、家からの援助なしに独立しますが、その理由のひとつには当時アパルトヘイトを行っていた南アフリカ軍への徴兵があったそうです。

この事について「兵役につくことは、それ自体私には問題はないが、南アフリカ軍で黒人を抑圧することに時間を費やすのは、あまりよい方法のようには思えなかった」と述べているそうで、すでに自己の人道的思考に基づき行動するというスタイルが確立されていたことがうかがえます。

その後1989年に母親の生まれ故郷であり、親戚が住んでいたカナダへの移住。クイーンズ大学に在学中に弟のキンバル・マスクと一緒に会ってみたい実業家に電話をかけてランチに誘うというぶっ飛んだバイタリティで、ノヴァ・スコシア銀行(カナダ五代銀行の内第3位、国内でもっとも国際的な銀行)でインターンをする機会を得ます。

さらにアメリカへ移住し、ペンシルベニア大学ウォートン・スクール等へ進むための奨学金を受け、経済学と物理学の学位を取得します。当時から人類の進歩に貢献する分野は「インターネット」「クリーン・エネルギー」「宇宙」だと考えていたそうです。

1995年にさらに高エネルギー物理学を学ぶためにスタンフォード大学の大学院へ進みましたが、これは2日在籍しただけで退学して弟とともにオンラインコンテンツ出版ソフトを提供する「Zip2」社を起業します。

この会社は大成功して3億700万ドルで買収され、マスク氏は2,200万ドル(約25億円)を手にします。ちなみにZip2立ち上げ時にはアパートより安いオフィスに寝泊まりし、ファーストフードがご馳走という時代を過ごしていたそうです。

Zip2売却で手に入れた資金を元手に1999年に今度はインターネット決済のサービス事業会社「X.com」社を立ち上げます。X.com社は1年後にあのピーター・ティール氏が創業したコンフィニティ社と合併し、これがコンフィニティ社が開発していた同様のシステム「ペイパル」の名を取り「PayPal」社となりました。

ちなみにCEОにはX.comのCEOだったビル・ハリス氏が就任、マスク氏は会長となり、CFОにはピーター・ティール氏が就任しています。

しかし、業績が悪化しビル・ハリス氏はやがて解任され、マスク氏がCEOに就任するも強引な立て直し計画にわずか半年で解任されてしまいます。

その後、ピーター・ティール氏がCEOに返り咲きますが、2002年にeBayに15億ドルで買収され、マスク氏は1億8000万ドル(約200億円)を手にしました。この成功がマスク氏の「世界を救う」ための挑戦を可能にしてくれます。

ここまで、いかがでしたでしょうか。軽い気持ちで調べ始めてしまいましたが、さすが世界中の起業家が憧れる世界最高のCEOの一人です。序盤のトピックだけでもとても多くまとめきれなかったので、今日はここまでにしてまた明日続きを書いてみたいと思います。

今日は2つ目の会社まででしたが、明日は3つ目の会社、いよいよ「スペースX」の登場です。おそらくゴールデンウィーク中はこのイーロン・マスク物語が続くのではないかと思います。お時間がありましたら、気軽にお楽しみください。

参考:Lawrence「【ロレンスMEN】スティーブ・ジョブズを継ぐ?いや、超える男 イーロン・マスク」
参考:企業ログ「ペイパルマフィアとは?海外・国内の有名〇〇マフィアも大調査!」
参考:ビジネス+IT「イーロン・マスクの知られざる半生、壮大すぎる夢追い人の“基礎”はこうして作られた」
参考:DIAMOND online「イーロン・マスクの半生から、実行力の源を明らかにする」
参考:Gigazine「わずか12歳の時にテスラやSpaceXの創業者イーロン・マスクが作ったゲーム『Blastar』」


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長嶺 喜和|Nagamine Kiwa  facebook

デザインこねこ株式会社 代表取締役社長/クリエイティブディレクター/イラストレーター/デザイナー

1979年神奈川県小田原市生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科(一期生)にて、インスタレーションアートを学ぶ。在学中よりウェディングアルバム制作会社の仕事の受託をはじめる。もっと様々なデザインをお客様と直接やりとりをしながらつくりたいという思いから2009年に「デザインこねこ」を創業。小田原地下街「ハルネ小田原」開業プロモーション受注を期に2016年に法人化。その後も、小田原城のリニューアル「小田原城 平成の大改修」のPR全般などをはじめ、小田原市の自治会情報誌「小田原回覧板系フリーマガジン おとなりさん」の発行(自社事業、季刊7万部発行 *現在休刊中)など、小田原市を中心とした西湘エリアにて「地域密着のデザイン会社」として展開を続ける。画家である母の影響で幼少より絵に親しみ、現在は母の主宰するアトリエ・コネコで子どもたちへ向け絵画の講師も行っている。